6月12日(木)
屋根葺き儀礼tirat rahan(家をふさぐ)は家屋の建設にともなう儀式のなかでは最大規模のもの。村中の相互扶助により屋根葺きがおこなわれるのにあわせて、施主と親縁関係にあるマルガが祝儀を持参する。どういう関係の者がどういう祝儀品を持参するかで村の社会構造の一端があきらかになる。
私の見た屋根葺き儀礼は Fenkor家とKubalama家が共同で建てた家屋のものだった。
事情がややこみいっているので、わかっていることをもうすこし正確に述べる。この敷地には、もともとKubalama家が建っていた。しかし、なんらかの事情で慣習家屋はなくなり、再建予定のままで長い年月がたっていた。Cecile BARRAUD[1979]の本にある集落見取り図でも建設予定になっている。再建するだけの経済的余裕がなかったと言ってしまえば簡単だが、問題はさらに複雑なようだ。
タニンバル・ケイ島では、右の部屋と左の部屋に異なる親族が住む場合でも、両者は同一のマルガubに属しているのが普通である。ところが、Kubalama家だけは例外的に異なっていた。右の部屋のTavat'ubunはマルガRahanMitu(図の緑)、左の部屋のKorva'ubunはFakil'ubun(図の赤)に属していた。このことが現実に再建を困難にしていたのかもしれない。
新築されるKubalama家は、右の部屋のTavat'ubunとFenkor家のTanifan'ubunの共同作業ということになっている。しかし現実には、祝儀に訪れたのは多くがFenkor家の関係者だった。儀礼の過程で、Fenkor家とおなじマルガだった左の部屋のKorva'ubunの名は消えていた(Korva'ubunは改宗して浜辺の新村に住む)。また、右の部屋のTavat'ubunが本来属しているはずのマルガRahanMituは、施主の側でなく、祝儀品を持参する側にまわっていた。
要するに、Kubalama家はマルガFakil'ubunに属するものとして再建された。建設を肩代わりしたのはFenkor家のTanifan'ubunで、彼はKorva'ubunに代わって左の部屋(もしかすると右の部屋?)の住人におさまることになっていた。
祝儀を持参する側は、yammar a'arというマルガ長を先頭に祝儀品を運んでくる。施主側でもyammar a'arを中心にこれを迎える。訪問した側のyammar a'arが口をひらき、両家の由緒、歴史、関係をかたる。これを受けて、当主側のyammar a'arが同じことを繰り返す。しばらくこの儀礼的会話を続けたあと、訪れた家族は食事の饗応を受けて帰ってゆく。当主側はこの日のために海亀、豚、山羊、魚、米、粟、エンバル(タピオカを乾燥させた煎餅)などを用意してもてなす。祝儀にもたらされた物は金と大砲を除いて屋根葺きの参加者に分けあたえる。大工には木の大きな器に盛った食物や金銭(bahanという)を報酬にわたす。
祝儀品にはおよそつぎの3つのカテゴリーがあるらしい。
(1)kosbel青銅製の大砲:ポルトガル、オランダ時代の大砲で、ケイ諸島では婚資としてひろくもちいられている。タニンバル・ケイ島では島全体で20門ほどあり、数ヶ月で流通するという。
(2)衣、食:布、サロン、米、エンバル(キャッサバを摺りおろして水でさらし、残った澱粉質を薄くかためて乾燥させた煎餅のようなもの。市場で売っている。保存食でこのまま食べることもできる)、アラック(椰子酒の蒸留酒)。調理された食物はなし。
(3)bu-man (シリ・ピナン):シリの葉と檳榔子、石灰はとくに祖霊への供物として必需品。同時にタバコやトゥンバコ(市場で売っている安い葉タバコ。村人は一般にトゥンバコを紙で巻いて吸っていた)、アングル(葡萄酒のような市販の甘い酒)と若干の金銭を盛るのがふつう。
家屋を建設するFenkor家とKubalama家、それに両家の属するマルガFakil'ubunのMarud家が施主として儀式にのぞんだyammar a'arマルガ長については若干の説明が必要だろう。もともとFakil'ubunのマルガ長はMarud家の長男Jがつとめていた。Jの死後、息子のRがこの職を引き継ぐことになったが、彼の一家はキリスト教に改宗してしまった。そこで、現在は叔父のTとの二重マルガ長体制が続いている。改宗によって、マルガ長の役割である祖先や精霊に対する祭祀ができなくなるからだ。Rの子供たちもすべて改宗しているため、将来はTの家系がこの職を引き継ぐものと考えられている。
以下、儀式とそれに平行しておこなわれていた屋根葺きの手続きを時間を追って記しておこう。
10:00 屋根葺き作業をはじめる。屋根葺きのあいだ中、建物内では数人の老人、女どもが歌をうたい、屋根葺き役はこれに拍子をいれる。
10:42 Teli家Singer'ubunのWが祝儀を持参する(写真)。大砲、服、米、アングル2本、シリピナン。Fenkor家の娘D1がTeli家に嫁いでいる(住んでいるのはTeli家ではない)。婚資の支払いがまだだったのか。ちなみに、Teli家のWはFenkor家の当主Mとは従兄弟の関係、Marud家のマルガ長Rは叔父(妻SがRの妹)にあたる。
11:00 片面(内陸側)の屋根葺きをほぼ終え、反対面(海側)の作業にはいる。
12:00 マルガSoar-Taverが祝儀を持参する。大砲、布、米、アングル2本、シリピナン。Fenkor家の当主Mの妻がMaskim家(マルガSoar-Taver)の出身。婚資ではないので、種々の貸借関係がこれまでにあったものと想像される。
12:00 Teli家Singer'ubunのWが祝儀を持参(2度目)。布、米、アングル2本、シリピナン、6000RP。最近亡くなったWの母親がFenkor家の出身(Mの叔母)。flurut duad nit(死んだ祖先への供物)。死後におこなわれる一種の婚資の支払い。
12:31 マルガFa'an-E-Wahanが祝儀を持参する。大砲(小)、アングル3本、シリピナン、タバコ、3000RP。Fenkor家の当主Mの姉(妹)Z3がSulka家に嫁いでいる。ただし、婚出後も夫婦はFenkor家に同居している。婚資の支払いがまだだったせいか、理由は不明。
12:57 Tokyar家に代わってSokdit家のSalim'ubunが祝儀を持参する。大砲、米、エンバル、アングル5本、シリピナン、5100RP。Fenkor家の当主Mの姉(妹)Z2がTokyar家に嫁いでいる。これで婚資の支払い義務をはたした。SokditとTokyarは主従の関係とも。
12:57 Welob家のYahawadanが祝儀を持参する。布、食物。Marud家Tの息子S2がWelob家から嫁をとった。祝儀品すくない。Welob家は、、の家柄。
14:20 Solan家に代わってSulka家のElerが祝儀を持参する。米、エンバル、アラック(酒)。Solan家に子供がなく、Marud家Tの弟Bの一家がSolan家の左の部屋に入居している。マルガを移ることになるのかどうかは不明。
14:30 屋根葺きを終え、夢見の儀式のために右の部屋の壁をこしらえる。
14:52 Hedmar家のNgor'utが祖霊用の供物を持参する。シリピナン、アングル1本、500RP。Hedmar家はKubalama家の妹Z1の婚出先だが、祝儀品の持参はそれとは無関係。Ngor'utの母親はFakil'ubunの出身で、彼女の霊をFakil'ubunに祀ってもらうため。flurut duad nit(死んだ祖先への供物)。
この日あつまった祝儀の大砲は全部で4門。すべてFenkor家の関係者からのものだった。
興味ぶかいのはSolan家で、子供がなくMarud家の弟一家が左の部屋にはいっている。村一番の金持ちマルガを移るとはおもえないから(それにしては祝儀が少ない)、Solan家の祝儀は、部屋にはいっていただいてありがとう、という意味か。日本なら、部屋を貸してもらったほうがお礼をしそうなものだが、住人より家(を護ること)が大事ということなのか。またflurut duad nit(死んだ祖先への供物)を持参した家が2軒ある。婚出した女性の霊は死後生家にもどってそこで祀られるということらしい。