TOKK 277号 1995年5月 p.46 海へかえる |
わたしじしん住まいの研究を専門とする身でありながら、日頃、根無し草のような都市生活を余儀なくされている者としては、住処不定の漂海民ときいただけで、一種おさえがたい羨望にかられる。いまや多くの日本人にとって、住宅問題は一生かかって解決せねばならない人生の重い軛となってしまったが、大地から切り離された生活をいとなむ漂海民ともなれば、たかがちっぽけなマイホームを手に入れるだけのために人生の多くの時間と労力と神経までもすり減らすなどという滑稽とは永遠におさらばにちがいない。 |
■うまれたての海上集落 |
ただし、家船生活を旨としたのは過去の話で、いまでは常の住まいをかまえ、定住生活をはじめた者も多くいる。いや、誤解してはいけない。その住居建設はやはり独特で、個人の権利の及ばない浅瀬の海を不法占拠して、かってに高床の住まいを建設してしまうだけの話である。環境にめぐまれれば、やがて類は友をよび、はじめ数棟にすぎなかった住居も集落に発展して、家と家のあいだをむすぶ海上歩廊がわたされる。大きな海上集落になると、こうした歩廊が網の目のように張りめぐらされ、その先ではまるでアメーバのようにあたらしい住居単位がつぎつぎと増殖をつづけていくさまを目撃できるだろう。 1994-12-20 (Tue) 18:27 |